白 夕雨の日記

柔軟、ヨガ、何となく思っていること。

身体のこと。

今回は、身体のことについてです^ ^

 

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みんなほぼ同じ設計図で作られた人体である限り、そこのゴールは一緒。

 

“肘を曲げるために上腕筋を使わなければ曲げられない。”

というその人体の設計そのものを変える力は、人にはないし、

視覚が色を認識することも、

嗅覚が臭いを察知する役割を担う。

というシステムも、

DNAの設計そのものをいじらなければ、それらを変えることは誰にもできない。

 

人体の扱い方の知識やスキルを極めたその先に辿り着く結果は皆同じであり、

「個」の持つ個性が生かされるのは、

結果へ向かう過程にあるものだと思います。

過程までが一緒では、皆ロボットになってしまいますしね。。。( ̄▽ ̄;)笑。

 

なので、今日は自分のその過程を一部書いていきたいと思います^ ^

 

何事も、まずはその型や形を覚えたり、真似ることから入ることが多いと思いますが、

 

私もその一人で、7年位前にはじめて受けたヨガのクラスで、

先生の綺麗なポーズのお手本を見ながら、

言うことの聞かない自分の身体を必死に動かして真似ていたのは

今でも覚えてます。笑。

 

そして、ヨガスクールに通いはじめても、

やはりその本質は変わりなく、、、

 

色んなアーサナの“型”を覚え、

アジャストという“手技”を真似ながら、

その手助けとなる解剖学の“知識”を学び、

”言葉”という概念に置き換えられたヨーガ哲学の思想の断片をかじっていました。

 

、、、やはり、何から何まで見様見真似で必死に真似ていたのです。笑

 

スクールで学べるものは、

全て型や概念によって形作られた“結果”であり、

中身の“原因”ではない。

今思えば、それがスクールの本質であるのは当たり前なことですが、

その当時は、おバカ過ぎて気付けなかった現実のうちの1つでした。

原因となる答えすらも全て教えてもらえると思っていたのです。笑。

 

でもそんなことは不可能で、

人が人に伝えられるのは、スキルや形などの結果であり、

その中に何が入っているのかまでは教えられない。

これは、自分がインストラクターという職業をするようになって、

より痛感したことの1つでもありました。

 

自分が自転車に乗ってる時どうやってバランスとっているのか?

その感覚を他人に説明できないのと同じで、

100人いたら100通りの個々の感覚があり、

それを言葉という1つの概念に置き換えるには限界がある。

 

そこから憶測できることは

どこまでいっても、自分の経験で獲得した感覚は、

結局全て自分のためにのみ存在している。

というこであり、

その証拠に今でも、

どうやって自分の両手足を動かしているのか?

自転車のバランスをどうとっているのか?

、、、こんな職業についているにも関わらず、そんな簡単なことが他者に伝えられない。

 

それでも、当時、周りの方々から、

「先生の説明、分かりやすい!」

なんて言ってもらえたりした時は、

自分を認めて頂いていることに素直にとても嬉しく、、、

そしてその反面、

死ぬまでそれを追求しても、

1番シンプルなことを伝えることはできない。

という現実に対する虚しさも、心に纏わりついていました。

 

感覚とは、自分で見つけるしかないものであり、

他に“求めるべきものではない”が、

自分の力で見つけた暁には、自分を信じられる強さになって返ってくる。

これは、私達が自分自身に

“求めることのできる見返り”の一つなんだと思います。

 

それをヨガのアーサナに例えるならば、

練習を通して、まず私達が自分の肉体に最初に見つけるべき感覚は、

、、、“バンダ”。

 

※バンダ=アーサナの土台であり、建物に例えたら骨組みの連結部分。

人体でいう、骨と骨を繋ぐ関節周りに存在している、いわゆるインナーマッスルと呼ばれる深層筋。

 

腕を曲げたり脚を動かして歩いたりは、

=その関節周りの筋肉を動かすということであり、

関節周りの筋肉をコントロールすることが

=肉体のコントロールに直結します。

 

もちろん、五体満足であれば、誰でも簡単に腕を曲げたり脚を動かして生きていますが、

動きの中でその関節周りの筋肉が、

確かにそこに存在することを自分で認識でき、

それをどのように動かすことで、描きたいと思う動作を可能にしているのか?

そこまで感覚で認識できて、

はじめてアーサナは、“アーサナ”として意味を成すのです。

 

分かりやすい例で言うと、、、

 

腹筋群なんかは3層くらいありますが、

3層の内、1番奥の層の筋肉だけをピンポイントでコントロール

動かして目的のアーサナを作る。

、、、みたいな感じのことです。笑。

     ↑↑↑

難しそうに聞こえますが、

バンダのコントロールが上手な方は、

普通にできてまうやつです。。。( ̄▽ ̄;)笑笑。

 

なので、そのバンダという土台を認識できない状態で外枠の形だけを作り続けても、

それはどこまで行っても、

“真似事”という枠に収まり続けることになるのです。

 

それはそれでまた別の楽しみ方があるので個人的には全然ありですが、

SNSでよく見かける、

“誰かのポーズを真似て1枚の写真に収める。”

なんかは、その代表と言えると思います。

楽しみながらポーズにチャレンジしているのを拝見していると、

自分もやりたくなる時はよくあります。笑。

 

ただ、骨組みが連結されていない建物は、

安定しないどころかそもそも立たないものですよね。笑。

土台のない外枠だけのポーズもそれと同じで、

それでは、とてもとても不安定なため、

アウターマッスルを力ませることで、

崩れないように保とうと、筋肉は頑張ってくれます。

そしてその結果、筋肉の生むその自らの力みで、

身体は怪我をし、壊れていくのもまた事実です。

 

、、、土台の存在しないポーズには、いつか不具合が必ず生じるということです。

 

少し話ズレましたが、このことからも分かるように、

練習をする時、ポーズの見た目の型を覚えたなら、

まずは、関節を動かした時に当たり前に必ず生じる、

その関節周りの筋肉の働きを自分で見つけ、

そして、認めてやることが何よりも最優先なのです。

 

その感覚は、確かにそこに当たり前に存在しているのですが、

はじめはそれに気付くことさえできないのかもしれない。。。

実際問題、私自身がそうでした。

 

目の前で自分で自分の関節を動かしてるのに、、

その関節周りの筋肉が動いてるのも、“今ここ”で視認してるのに、、、

それでもその筋肉の感覚を全く掴めない。。。

 

目の前にある探し物が、

盲点の如く見つけられない時のようなもどかしさを感じながら、

今まで自分は、自分を観ているようで、

実際は何一つ観ていなかった。。。

ということを認めざるおえない現実を突きつけられた瞬間でもありました。

 

「私のここの関節、ここの筋肉、緩いんですよね~。」とか、

「ここの筋肉、硬いんです~。」

とか、よく言ってましたが、

それは何一つ、自分を認めていることなんかにはなっていないのです。

 

バンダという感覚を、自分の身体にはじめて見つけた時、

今までぐにゃぐにゃに反れてた自分の背骨が1cmすら反れない。。。

それが動し難い現実でしたが、

普通に考えたら、

今までたいして訓練を積んだこともない自分が、

ぐにゃぐにゃであることのほうがおかしかったのです。笑。

 

こんな感じで、

目の前にある現実を長い間見ていないと、

当たり前だったことすら分からなくなるほど、

人はバカになれる。笑。

 

当たり前のことが当たり前に存在している世界が

=“現実”なのに、

私は、言い訳で作った“理想”を

=“現実”だと誤認していた。

ということです。笑。

 

ごまかしなんてのは一切通用しない、それが現実。

1cmすら背骨を動かせれなくなった自分がとても情けなかったですが、やはりそれが現実。笑。

 

振り出しに戻されたのではなく、普通に現実に戻されただけのことで、

今でも、練習する度に現実に戻されることは茶飯事。笑。

新しい感覚を見つけた時は確かに嬉しいが、

その反面、現実に戻される瞬間には、

都度軽い絶望感が付いて回る。笑。

 

多分、この繰り返しが、

誰もが自分の中に抱えている自分の認められない部分を、

現実的に認められるようにするための訓練。

になっているんだとも思います。

 

 

“バンダ”は、物理的に肉体に存在し、

今、自分の身体が何をしているのか?

何をどう動かすことで、その動きを可能にしているのか??

それを感覚として伝えてくれる役割を果たしている。

 

────“自分の肉体と精神を今ここに、

物理的に繋ぎ止めるための集中力の向ける先”。

 

それが、“バンダ”なんだと思います。

 

なので、“バンダ”という感覚を身体に培って、はじめて、“アーサナを練習する。”

というスタートラインに立てるのだと思います。

 

そして、その感覚を自分の身体に見つけるもっとも有効な手段は、

マットの上に立ち続けることではなく、

外で、子供のように好奇心いっぱいに飛んだり跳ねたりすることです。

それだけで、筋肉にバネを取り戻すことができる。

ポーズも、マットさえも要らないんです。

 

バネ=柔軟力であり、

柔軟に対応することのできる筋肉に変えて、

はじめて関節周りを柔軟にコントロールできるからです。

これが、もっともシンプルな答えであり、

最初から分かりきっている当たり前な答えでもあるのだと思いますが、、、

 

それでも私達が、

知識や情報、技術を追い求めるのは、

あらゆる角度からその可能性を自分なりに探求し、オリジナルな過程を追求したい。

という“個”の発する好奇心に他ならないからでもあるのだと思います。

 

 

“もっと、もっと、もっと、

身体の一つ一つの動作が生む働きを追求したい。”

と思うその心の在り方。好奇心。

それが自分の肉体との向き合い方なんだとも思います。

 

ということで、SNSでも告知していました4月から始めるYouTubeは、

バンダの感覚を培う実践方法なども、

アップしていきたいと思っております^ ^

 

最後は、告知になっちゃいましたが、

これからも、どうぞ宜しくお願いします^ ^

 

ではでは、また次回まで^ ^