白 夕雨の日記

頭の中の妄想日記。とヨガのこと。

私の個人的なお話②

前回に引き続いて、今日は、養成講座担当した後のお話です。

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私は、RYT200のヨガスクールに通うと同時にヨガを始めた人でした。

 

20歳から7年間勤めていたアパレルの会社を辞めて、次は何しよ~かな~!?

と考えながら携帯ポチポチしてた時に、目にした広告が、

“3ヶ月でヨガインストラクターになる!”でした。

 

小さい頃、バレエをかじってたこともあり、

デスクワーク系の仕事よりも、

身体を動かす系の仕事のほうが、楽しく続けられそう!!

、、、それに何よりたった3ヶ月でなれるならやろ~♪

という軽いノリで、申し込んだのが始まりでした。笑。

 

なので、ヨガをやりたくてヨガを始めたわけではなく、

次の就職先のためにヨガを始めた。という感じですね。

 

現役ヨガインストラクターさんの中には、こんな感じで、

私と同じ境遇の方もいるんじゃないかな!?と思います。笑。

まだ、ヨガの恩恵も、その恩恵を受けるための練習の辛さも知らないフレッシュな無知な自分だからこそ、

できた選択だったと思います。笑。

 

当時通っていたヨガスクールでお世話になった先生方は今でも尊敬で、

見せかけでは到底できない難易度の高いアーサナも軽々と熟すような先生方でした。

 

それに比べて自分は、

前屈が硬いタイプの人代表で生徒の皆んなの前で前屈したり

、、、してました。笑。

 

「こんなんで、3ヶ月後に、インストラクターの仲間入りなんて、できるわけないやん!」

「えっ?あの広告、嘘やろっっ⁈」

、、、って思ったほどにです。笑笑。

 

できない自分を、広告のせいにするという責任転換法は、

今思えば、思考ズレすぎの頭悪すぎで、

笑うしかありません。。。www

 

一流のスポーツ選手だって、

小さい頃からずっと練習をしてきた土台があってこその一流で、

その実践経験の先に

“人に教える”

という行為があるはずなのに、、、

 

お金さえ払えば私のようなポンコツでも取得できる

資格ビジネスというシステムの見え透いた裏も分かっていなかった自分は、

本当に世間知らずのイタイ奴だとも思いましたwww

 

それでも、そんなことすら当時分かっていない自分にとっての

養成講座を担当できるような講師とは、

やはり、その10年20年、練習を積んできた先生方がイメージの全てでした。

 

だから、どうしても自分の未熟さが許せませんでした。

もちろん、ヨガはじめた時~養成講座やるまでの間も、

インストラクター業やりながら、マイソールに通ったり、

哲学や解剖学などの養成コースにも参加しては、

変わらない自分の身体の原因追求を延々と続けていました。

昼間インストラクターで稼いだお金は、

全て練習代と勉強代に消えて、時にはオリコで教育ローンも組んだりして。。笑。

夜は、知人のイタリアンレストランで働いては生活費を稼ぎながらの日常でした。

頭の中で、いつもいつも、

“どうやったら、もっと柔らかくなれるのか?”

“どうやったら、もっと上達できるのか?”

“どうやったら、あんなすごいことができる先生になれるのか?”

、、、そればかりを考えてました。

その答えをくれるような養成コースがあったなら、何でものめり込んでました。

、、、でも、最終的に辿り着く結論は、

やはり、圧倒的な基礎練習量の差であり、土台であり、その差を埋める方法は、

“練習”しかなかったのです。

、、、当たり前なんですけど、、

、、、なんせ、めっちゃバカだったから。。。。笑笑。

 

そして、その練習や勉強に拍車をかけたのが、養成講座の仕事の依頼でした。

 

このままでは、アカン!!と思い、

(何がアカン?のも考えず、、、笑。)

解剖学を学ぶためにスポーツトレーナーの夜間専門学校にも通うようになり、

さらに、瞑想の練習は苦手だったので、超越瞑想のコースにも通い。。。笑。

 

マイソール行くのを辞めて、

そこから半年間くらいは、毎日2時間、呼吸と瞑想ばかりするようになりました。

「脳へどれだけ物理的に酸素を送れるか?

それで、瞑想の質は全て変わる。」

と学んだ私にとって、

本の中の知識でしか知らなかった哲学的に感じた瞑想は、

とても科学的なものへと変わった瞬間でもありました。

 

“知らない。と、知っている。では、まるで違う。”

という格言は確かにその通りだと思いますが、

 

“知っていてる”のと、“体験している。”

というのは、それ以上に違っていました。

 

どれくらい違うかというと、、、

“知っている”だけなんて、

“無知”となんら変わらない

、、と思えるほどに。。でした。

どれだけ、知識や情報をインプットしても、

体験の前には、無力そのものでした。

自分は、今まで何を学んでいたのだろうか??と、

0になったような気もするくらいでした。

 

なんせ、瞑想で“走馬灯を見る。”なんて、

文字通り、はじめての体験だったからです。

 

指導者の元、呼吸を吸った後のクンバカ(止息)で、意識は飛び、

気がついたら、映画のスクリーンのような大画面が目の前に広がっていて、

ものすごいスピードで映像がめまぐるしく早送りされているをただ観ていました。

 

、、、どれくらい観たのだろうか。。?

感覚的には、1年以上も時間が経ったように思えるほどの無秩序な映像の情報量を、

ただ観ていました。

もちろん、抗うことはできません。

そして、その映像が今度は、

だんだんとスローモーションになっていくと、

意識も徐々に戻ってきて、我に帰った自分は、

全身の筋肉が、立てないほどに弛緩しきっていました。

 

実際には、どれくらい時間が経った?と思い、時計を見ると、、、

たったの3秒程度しか経っていませんでした。

 

、、、たった3秒のクンバカでか。。。と思いつつ、

たった3秒なのに、1年以上もそこにいた気がしましたし、

終わらない夢を、延々と観ているようでもありました。

3秒に濃縮された1年分以上の情報量は、明らかに容量オーバーで、

それに酔ってしまい、めちゃくちゃ気持ち悪かったのを覚えています。

 

心も身体も、準備が足りてなさすぎていたのは、明白でした。

そして何より、走馬灯って、本当にあるんだ。。。

とも思いました。笑。

潜在意識上にある無秩序で無意味な情報の断片の巣窟のようなものなんじゃないかと思います。

 

何が自分に起こったのかを理解するには時間差が必要で、

あとで分かったのは、

人間が死ぬ寸前などの危機的状況に陥った時に観るやつで、

 

簡単に一言で言うと、、

軽い危篤状態ってやつでしたね。笑笑。

 

ただ、複数回ほどのその体験のおかげで、それまでは、

時間は、過去から未来へ一定のスピードで直線的に流れている。

と信じきっていた私にとって、時間に対する概念が180度変わった瞬間でもありました。

 

時間は、今を測りうる絶対的な不変の尺度ではなく、

曲線的かつ曖昧で、変化し得る不確かな基準の一つに過ぎないと。。。

 

自分の信じていたものや、築いてきた価値観や世界観は、

限られた世界にのみ通用する手段であり、

武器だったと。。。

 

お隣さんの畑に通用するとは限らないんです。笑

なのに、何を根拠に、

私は、自分の思想がどこにでも通用するなんて、思っていたのだろう?

と、自分の浅はかさを目の当たりにした瞬間でもありました。

 

世界がそんな狭いわけないやん!!って感じですが、

こんな簡単なことに気づくのに、

費やした時間と労力は、

まさに、自分の世間知らずのバカさ加減に比例しているなぁ~とも思いました。笑笑。

 

人は、誰しも自分の価値観や世界観を持っています。

そして、考え方が異なるってだけで、他人を否定し、攻撃をする。

ただそれだけの理由で、心が不愉快になる。。。

なんとも、めんどくさい生き物なわけですwww

 

でも、他の価値観や世界観を受け入れることは、

多分そんなに難しいことではないはずです。

 

自分の殻を破ることで、はじめて他人の価値観を受け入れることができる。

そして、その価値観に染まることと、

それを受け入れることは、全く別のことでもある。

 

他の価値観と向き合い、他人と向き合うことでしか、

自分がどんな人間であるのか?

という答えは得られない。

その“自己への客観視”は、物事の本質を観る能力そのものであり、

“瞑想”という概念の本質の一つでもあると思います。

「他人と繋ぐ。」とは、こうゆうことかぁ~。

と、腑に落としたそこからの自分の課題は、

いかに他人と、

目の前の生徒さんと、

目の前のお客さんと向き合うか?

へと移行していきました。

 

今まで関わってきた人、

もしくはこれから関わっていくであろう目の前にいる人達は、

一体どんな思想を持っていて、

何に重きを置き、

物事の優先順位の1番に何があるのか?

または、この世界の何に囚われているのか?

 

、、、そうやって外の世界を直視することは、

バカでズレた脳を持っていた私自身のいい矯正にもなったんじゃないか。

、、、とも思います。笑笑。

 

そして、それが

“アウトプットの本質”

なんじゃないか。。。とも思いました。

 

そんなこんなで、

養成スクールの先生に必要な基礎知識と、

必要最低限の実践体験は、

徐々に備わっていった感じでした。

 

、、、ということで、

またまたこれ以上書いたら超絶長文になるので(笑)、

続きは、次回書きたいと思います^ ^

 

では、また次回まで。