白 夕雨の日記

頭の中の妄想日記。とヨガのこと。

自分の見つけ方は人それぞれ。

“学ぶ”とは、何をすることなのでしょうか?

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学生の頃、

「個性豊かに。人それぞれ十人十色だよ。」

と笑顔で説く周りの大人達や先生の言葉とは裏腹に、

彼らの提供する“学び”は、十人を一色に染めるものが多く、

子供ながらにその矛盾がとても疑問でもありました。

 

好きな食べ物も選ぶ服も好みはまるで違うのに、

何故、同じ服を着させ、

同じ価値観を共有することに重きを置くのか。。?

“和”の心に必要なのは思いやりや優しさの類であって、

決して同じ価値観の中に生きることではないはずなのに…。

とか思ったりもしてました。

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“学ぶ”とは一体何なのでしょう?

 

あらかじめ用意された答えを解くことが学びなのか?

 

──────それとも、

調べれば分かることを時間と労力を費やして暗記することが勉強なのか、、、?

 

今や答えのある問題を解く能力やコピー能力は、

コンピュータの代名詞と言っても過言ではありません。

 

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それでも私達人間が、“学ぶ”ことに価値を置くのは、

それが自分の可能性を引き出す術であることを、

人は皆、心の奥底で無意識に確信しているからなのでしょう。

 

学ぶが故に可能性は生まれ、

その可能性に限りがないが故にまた追求したくなるものです。

 

学ぶ”とは、、、

自分の好奇心のままに何かを追求したり、

既存の概念に囚われず、まだ誰も取り組んだことのない新しいことを探求したり。。。

 

もしかしたら、

   ──そこには答えなんてないのかもしれない。──

                                          それでも尽きない好奇心…。

、、、そういったことが、

本来の“学ぶ”ということなのではないでしょうか…⁈

 

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だから、

世の中で自分の可能性を閉ざした生き方を選んだ大人が、

まだ自由な可能性に満ち溢れている子供を

教育をしている姿を目にすると、

めっっっちゃ変っ!って思ってしまいます。笑。

 

可能性が無限大に在るということは、

答えが無限大に在るということを示唆していますし、

また、答えが無限大に在るということは、

“=答えなんて最初から無い。”

                    ──────ということでもあります。

あらかじめ答えの用意された人生や世界なんてどこにも存在しないのはそのためです。

 

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だから、生きていて、

何かの壁にブチ当たった時に必要とされるのは、

答えを解く能力以上に、

それを乗り越えようとする信念や意志の力であるはずです。

その信念とは

“=自分を信じる力”と言い換えることもできます。

それは、何かに真っ直ぐこだわることとかではなく、

 

  ──“自分を信じる”とは、“=自分と向き合う”──

 

ということなんだと思います。

 

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ヨガをしていたら、一度は聞いたことはないでしょうか?

 “自分と向き合いましょう。

                                 というこの言葉。──────

もちろん、伝える語り手によって、色んな捉え方が出来ますが、

その根本に共通するのは

“自分を信じる”ということであるはずです。

ヨガの八支則に出てくるイシュワラプラニダーナの在り方がこれですよね。

 

自分を信じる力は、他の人の確立した知識や価値観に振り回されたり、

自分を見失わないようにするための土台を作る基盤となります。

他人の確立した知識や情報は、

自分が何かを学ぶ時の素材でしかありませんし、

また、それらに、

自分の価値を左右されてもいけないはずです。

あくまでも、自分の力で考え行うことが基本であるはずなのです。

なので何かに迷ったり、進路に困ったら

自分と向き合ってみることをオススメします。

 

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そして、“自分と向き合う”方法は、とてもシンプルでもあります。

それは、誰でも備わっている感覚のひとつである“直感”を使うことを指しています。

 

自分は、何が好きで嫌いなのか?

あるいは、何が得意で何が苦手なのか?

別に誰かに教わったわけでもないけど、理屈なしに何となく感覚でわかること。。。

「あっ、これ私好きかも‼︎

    あっ、でもこれは、

    多分どんだけやっても私向いてないね〜。

                …こりゃ身に付かんやつやわ( ̄▽ ̄;)」

 

、、、みたいな感じに。笑。

考えなくても、ただなんとなく分かること。

当たり前ですが、その直感が自分を知るという感覚ですよね。

その直感は磨けば磨くほどに、迷いなき自己を確立させていきます。

人は、自分を知った分だけ迷いがなくなり、

自分を信じれるようになっていくものですから。

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なので、よく迷ったり自分を信じれない人というは、

多分この感覚を長い間使うことを忘れちゃってるだけなんだと思います。

小さい頃は当たり前のように使っていたこの“直感”という自分を知る能力。

外で元気よく遊ぶ小さい子供を見ていると、

ほとんどの子供達が

この感覚に身を委ね生きていることが分かると思います。

だから、彼らの目には迷いはなく、

                          世界が真っ直ぐに映る。──────


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そして、それは、

私もそうでしたし、、、

今このブログを読んで下さっている皆さまも、

子供の頃はそうであったはずです。──────

 

もちろん、

今も変わらずその直感に身を委ね生きている人も沢山いるとは思いますが、

久しく使ってないな〜。と思うことがあったなら、

是非、使ってみることをオススメします。

 

得意不得意も、好き嫌いも人それぞれなら、

その向き合い方だって、それぞれちゃんと在って、

そして、それは自分にしか見つけられないものなんです。

だから、

他の人と同じことやってても意味なんてないんです。

 

自分には、自分にしかできないことが必ずあるんだ。

 

ということが、この世界の“常識”の一つであることを

忘れないようにしましょう。

それは、自分の在り方をこの世界に表現する時、

間違いなく大きな手助けとなってくれるはずです。

 

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