白 夕雨の日記

頭の中の妄想日記。とヨガのこと。

八支則:感情のコントロール

ヨガの八支則に出てくる感情のコントロール

どうやって感情をコントロールするか?

 を自分に問うことは心を豊かに育みます。

 

だから、

まずはこの“問い”と、とことん向き合ってみることを

お勧めしたい。

 

  ───『感情とは何か?』──────

 

 という問い。

 

哲学の根本は“問う”ことにある。

 

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さて、『感情とは何か?』

それを知るために一つの仮説を立ててみた。

 

仮に、“感情のない人間がいたら、、、?”という仮説。

 

美味しいものを食べても美味しいと感じない。

誰かと共感を分かち合うこともなく、目の前の出来事に

一喜一憂することもない。

感情と共に獲得されるはずの経験を持たない人。

 

連続する経験の流れを持つ意識的な自己こそが

                                         人で在る証のはずなのに。

 

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だから、この世界を生きるには感情が必要。

美味しいものを美味しいと感じ、

楽しい出来事に笑い、悲劇には涙を流す。

この世界をありのままに味わうためのもの。

 

自分は何が好きで何が嫌いで、何に喜びを感じ、

何に怒りを覚えるか?をありのままに知らせてくれる。

それが感情です。

 

でも時として、

人は味わったその感情にジャッジを下す。。。

 

「こんな感情を抱く自分は〇〇だ。」

「だから、私ってあ〜なんだ。私ってこうなんだ。」

、、、という具合に。

感情はジャッジされるために在るものではないはず。

 

そのジャッジは、いつか

「だから、あいつってあ〜なんだ。

                              こいつってこうなんだよね。。」

「だから、この世界って、、〇〇なんだ‼︎」

…というように、この世界をもジャッジしはじめる。

 

目の前に広がる世界は、

ただそこに在るように在るだけなのに、歪んだ世界に

見えてくる。

自分が歪ませてることに気付きもしないで。

 

 

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過去の自分もこんな感じだった頃がありました。

でもそれがなければ感情の正体を自分に問うこともなく、

ひねくれ人間まっしぐら街道だっただろうから、

さぞ人格のめんどくさい奴に育っていたんだろうな。。と思う。笑。

 

感情のコントロールは難しくない。

味わったその感情を偽らなければ、

それが感情のコントロールです。

 

その瞬間に抱いた自身の感情を否定する必要はない。

行きたくないと思ったなら

行かない選択をすることを忘れてはいけない。

 

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誰かを妬むほどに羨むことがあったなら嫉妬すればいい。

どんな思いであれ、そう思った自分を恥じないで欲しい。

その思いは承認すべき自分の思いである。

 

『あんな感情を抱いた自分はなんてダメなんだ。』って否定するのは、

『不味いものを食べて不味いと思った自分は

なんてダメなんだ。』と思うのと一緒です。

不味いものは不味い!

それがダメだなんておかしな話なのに、

それすら分からなくなる。

自己への否定は、そうやって人を盲目にさせる。

だから、この世界は己を知ってから観たほうが良い。

内観や瞑想はそのためにある。

 

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世の中で脚光を浴びやすいプラスの感情と等しく、

負の感情も光を灯すべき大切な自分の思いの一つです。

世間の声一つで

抱いたその感情を無かったことにしてはいけない。

そんな思いが在ったことを承認することは自分を許し、

他人を許す心の器を育んでくれます。

人は、自分を許した分だけ、

器が大きく育つようになってますから。

 

プラスとマイナスなんて、中庸から見れば全く同じことで、どっちが良くてどっちが悪いだなんて、

多分どうだっていいことなのでしょう。

 

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“中庸が大切”

↑これ、ヨガスクールで最初に学ぶ知識の一つです。

でも、“それを知っている”だけでは意味がない。

、、、ということも、知ってるはず。────

大切なのは、得たその知識を自分で実感することです。

 

そして、中庸の実感はとてもシンプル。

ただ自分に素直で在るだけでいい。

ただそれだけでいい。

 

ヨガ用語で言うなら、

“サティヤ=自分に正直にあれ。”

 

その自分に素直で在る瞬間だけは、

もっともニュートラルな、もっとも自然体な自分のはずです。

 

それが心に映る感情に振り回されない軸の作り方

であり、心のサマスティティヒだと思う。

 

だから、 是非とも

             自身の行動を心と共に置くことを

                                        お勧めしたい。────

 

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