白 夕雨の日記

頭の中の妄想日記。とヨガのこと。

いつまで他人の知識をふりかざす。。?

   知識とは

 

          ──────『過去』だ。

 

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    私達は過去の経験から、明日を生きる術を学ぶ。

そして、経験するには実践が伴うことを知っている

はず。。。

 

   実践の伴わない他人の知識など、

                    所詮他人のものでしかない。─────

 

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ヨガの、何も考えないポーズ。

何も考えない。

ただ、ボーとする。

それだけで瞑想になる。

 

この世の情報に囚われていない人は、

“何も考えない。”

─────それができる。

 

 逆に言え換えれば、

“何も考えない”ことが苦手な人は、この世の概念や

情報、価値観に、常に自分が囚われている状態とも

言えます。

 

瞑想し始めると雑念が鳴り止まないのは

きっとそのせい。。。

そんな雑念が頭を支配している限り、身体の声が

聞こえるはずもない。

 

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身体の変化を妨げてるいるのは物理的な筋肉の固さ

ではなく、

その本人が作り出した自分を縛っている固定概念や

価値観のほうであって、、、

 

───── だから、意識を力ませないことは

ヨガに限らず、生きる上ではとても重要なことだと思う。

 

さて、

ちょうどこの↓スタンプのような、、

『“何もしない”

ということに、とーーっても忙しい。』

、、、なんて、いつぶりに味わっただろうか。。?

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   お金のかからない贅沢だ。─────

 

今日を生きる作業。

仕事への誇り。

家族への責任感。

守るべき立場。

…人それぞれ背負うものは違う。

 

およそ物心がついた頃から、この世に対する概念や

価値観が育まれていく。

いつしか、

意識的になり過ぎている自分に気づかなくなるほどに。。。

 

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肩の力を抜くことを忘れてしまう。

…肩凝りとの共存生活の始まりだ。

 

   だから、ヨガには、

─────“何もしない。”

                        “ただそこに座る。”

                                    が在る。。。─────

 

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何ものにも囚われていない瞬間こそが、

      ありのままの自分で在る証だからだ。─────

 

 

 

 

 

 

もう1人の自分。

 

『自分のことを望んでいない場にはいたくない。。』

もしそう思うことがあったなら、、、

 

さて、いつから

自分は周りから望まれる人間で在りたいと思うようになったのだろうか。。。?

 

誰でも、

その感情の裏に隠されたもう一つの思いが在る。

 

自分の本質を知る手がかりだ。─────

 

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さて、

いつから、もう1人の自分の声が聞こえなくなったんだろう。。。?

 

いつから、自分に耳を傾けることを私達は

                                   辞めてしまったんだろうか…?

                                                 

 

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自分と向き合うとは、

その思いを

もう一度、自分の手で拾い上げることだと思う。

誰だって破壊神。

古いものを壊し、新しいものを創りにやってくる、、、

そんな資質を持った人達がこの世界にはいる。

ヨガの神話の世界で言ったら、ちょうどシヴァ神のような破壊神的な役割。

 

持っている価値観も概念もぶっ飛んでいる。

既存の固定概念を何の躊躇いもなく綺麗さっぱりぶっ壊してくれる。

この世界の歯車を狂わしにやってくる。

 

慣れ親しんだ環境の順応力から抜け出せれるように、

良くも悪くもその歯車を壊しにやってくる。

 

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小さい頃、一度は憧れたことのある

みんなを守ってくれる正義のヒーローもいいけれど、

自分を守ってるくれる存在が必ずしもヒーローだとは限らない。

 

繰り返す平穏な日常の中で培ってきた

自分の“当たり前”を、

何の気なしに壊していくような人が身近にいたら、

それもヒーローだ。

「あっ、な〜んだ、

                  “そうでなければならない”

                       ことなんて無かったんだ〜。。。」

みたいな、、、 

すーっと肩の荷を下ろさせちゃう。

物の見方をさらっと180度転換させてしまう、、、

そんな存在。─────

 

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さて、自分はどうだろうか、、、?

既存の価値観や概念をぶっ壊す側の人間か、

それとも、

ぶっ壊される側にいる人間か。─────

 

─────どちらにせよ、

寄りかかったほうが楽だと思う側にいたほうが、

等身大の自分なのであろう。

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どっちが良くて、どっちが悪いなんてない。

両方だ。っていうのも、もちろんありなわけで。。。

 

大切なのは、選択したその先に立つ自分が

この上なく自分らしくいられるか、、、?

の“実感”だ。

 

“実感”こそが、

当たり前になった日常の中に潜む固定概念を壊してくれる。

破壊神の役割そのものだ。

 

まずは、自分らしく在ることだ。─────

 

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